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和久井光司責任編集「ザ・キンクス 書き割りの英国、遥かなる亜米利加」

和久井光司責任編集「ザ・キンクス 書き割りの英国、遥かなる亜米利加」
By Yasukuni Notomi • Issue #60 • View online
 ほとんどまとまったテキストがなかったキンクスなのですが、不意に登場した、和久井光司責任編集「ザ・キンクス 書き割りの英国、遥かなる亜米利加」は、その1冊でいきなり決定版になってしまうほどの出来映えでした。レイ・デイヴィスの自伝的SF小説「Xレイ」とこれがあれば、後は音源を買い揃えるだけでキンクスは大丈夫というか安心して聴き込めるなあと思うのです。

 和久井光司責任編集「ザ・キンクス 書き割りの英国、遥かなる亜米利加」読んだ。気になる曲やアルバムが出てくる都度、それらを聴きながら読んでいたので、随分時間がかかってしまったが、読んでいる間、外出中もずっとキンクスやレイ、デイヴのソロを聴くキンクス浸けの一週間だったのだった。ほんと、面白い本で、待っていた本で、そして、ずっとキンクスは好きだったけど、抜けも多いし、聞逃していた名曲はいっぱいあるし、こういう本を書く人がいて、出す出版社があったことがありがたい。
 そう、まず何より、良い本なのだ、これ。例えば、自分でこういう「何か」を俯瞰し、包括する本を書こうと思ったら、多分、こういう構成にしただろうな、という感じというか、前に書いた「子どもの本がおもしろい」の時に考えていたような、データと事実はきちんと並べながら、それらの背景を開設するのではなく、自分が感じたものを伝えるようなスタイル。本の中心になるのは、もちろんディスクガイドなのだけど、キンクスの歴史に沿って、いくつかの章に分けられ、その冒頭に、その時代時代の背景とキンクスやレイ・デイヴィスが考えたであろう事を、あくまでも楽曲を根拠に概説する文章を和久井さんが書くことで、ディスクガイドがレコードの紹介に留まらず、イギリスの現代史と拮抗するキンクスというバンドの音楽の位置付けになっていく。しかも、ちゃんと、それは正史ではなく個人の感想で、そうであることが、レイ・デイヴィスの企みと重なる。
 和久井さんが「マスウェル・ヒルビリーズ」のディスクガイドの中で書いた文章を引用する。
「この時代のザ・バンドは素晴らしいけれど、ロンドンのレイ・デイヴィスはカナダ出身のロビー・ロバートソンのようにはアメリカを描けない。ザ・バンドの前身は、アーカンソーでは身の置き場がなくてカナダに渡ったロニー・ホーキンスのバックを務めたホークスで、ディランと合流したのは66年。レイとディヴもロイヤル・アルバート・ホールで歴史的なステージを観ただろう。ビートルズもストーンズもドノヴァンもマーク・ポランもデイヴィッド・ボウイもその場にいた。 「俺たちは絶対ああはなれない」と思いながらのビート・バンド卒業が、しかし英国ロックを先に進めたのだ。」
 こういうことなのである。聴きたい音楽に簡単に触れることができてしまう現在において必要なディスクガイドとは、データと楽曲を聴くという行為を積み重ねた上でだけ書くことができる、こういう歴史の黄泉直しであり、それは和久井光司というミュージシャンもまた、どこかで別の形で日本のロックを先に進めるために絶望し諦めた経験から来た洞察なのだろう。人脈と歴史の偶然と個人のバイオグラフィで語られる「音楽の読み方」が軒並みつまらないのは、こういう洞察が欠けているからだったんだなあと、まず楽曲ありきで展開するキンクスに関する文章を読みながら思った。
 まず、何故、この本を作らねばならなかったかが前置きとして書かれ、キンクスの歴史画ざっと語られ、時代とキンクスの対峙を挟みながら経年順のディスクガイドが書かれ。シングル盤、EP盤まで網羅した後、GSとキンクスの関係を検証したコラムとキンクスをカバーしたGSのシングル盤の写真がずらりと並ぶ。さらに、レイ・デイヴィスの作曲家としての仕事が紹介され、続けて、ライブバンドとしてのキンクスの30年を、セットリストと共に振り返るコラムと続く。この構成に痺れるのだ。史実もデータも疎かにせず、調べ倒した上で、「さあ、これがキンクスだけど、どう向き合う?」という点から逃げない。
 さらに、本は、コンピレーションやリマスター盤の開設、レイとデイヴのソロ、映像や書籍、コンクレコードから出たディスクまでも紹介していく。
 そこで、私は、初めてタートルズにレイ・デイヴィスがプロデュースした作品があることを知って、「サニー・アフタヌーン」と「ハッピー・トゥゲザー」が時々。頭の中で混ざるのはそういうことか!と間違ったことを思いながら、そのアルバム「タートル・スープ」を聴いて、その裏返しのヴィレッジグリーンというねじくれ方に圧倒されたりした。それは正に、書き割りの亜米利加だ。
 キンクスを聴き返しながら、「うーん、やっぱりソープオペラが一番好きかなあ」とか考えていた私の頭の中で響いていた曲は、しかしキンクスではなくて、ムーンライダーズというか、かしぶち哲郎の「O.K.パドゥドゥ」だったりして、やっぱり虚構性が高くて、ふざけた歌が、俺は大好きなんだなあと、今更ながらに思うのだった。
 で、4月11日、原宿クロコダイルにて、和久井光司はAPEMENを率いて、日本語歌詞でキンクスを演るのだ。レイ・デイヴィスの二重三重に仕掛けられたふざけた罠だらけの歌詞を現代の日本語にして演奏するライブは、多分、この本の最終章だから、私は行かねばならないのだ。書き割りの東京で、遥かなる英米を騙るのだ。
 余談だが、Spotifyでキンクスを聴いていて、アルバムが終わると、何故か次に掛かるのは必ずベルベットなんだけど、どういうことなんだろう。和久井さんの次の本がベルベットアンダーグラウンド本だからという訳でも無いだろう。どうせなら、レイの「アメリカーナ」からニール・ヤングの「アメリカーナ」に繋いでくれるくらいの茶目っ気を見せて欲しいところだけどなあ。
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Yasukuni Notomi

AllAbout、日経トレンディ、朝日新聞、夕刊フジなどに連載中。オウンドメディア、片岡義男.com、その他諸々、あちこちで書いています。マツコの知らない世界、嵐にしやがれ、モニタリング他、テレビやラジオ出演も色々。そこからはみ出したネタや、愛用品、目立たないけど凄い新製品、うまいコーヒーやお茶や酒、浮世絵や歌舞伎や芝居、音楽、ミステリにホラーにSFなどなど、面白いものを随時、紹介しますので、読んでもらえると話のネタ、記事のネタになるかも。メールアドレスを登録すると、最新記事がHTMLメールで届くので、ちょっと面白いです。

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