小物王通信

By Yasukuni Notomi

新作落語「天狗」

#59・
77

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新作落語「天狗」
By Yasukuni Notomi • Issue #59 • View online
2001年から2004年くらいまで、私は「新作落語作家への道」という講座に通っていました。講師は三遊亭白鳥(当時、新潟)、柳家喬太郎、林家彦いちのお三方。とんでもなく贅沢な講師陣による講座だったのですが、生徒数は少なく、しかし講座はとても充実していました。何せ、書いた落語は丁寧に添削してもらえるし、高座でギャグを使ってくれたりするのです。この「天狗」も白鳥師匠が自ら改作した上で高座に掛けてくださいました。お三方は師匠無しで文章書きをやっている私の数少ない「師匠」と呼べる方々なのでした。

月岡芳年 「芳年略画 天狗之世界」
月岡芳年 「芳年略画 天狗之世界」
「おおら、つかまえたぞ、このやろう」
「ギャー、グギャー、グギャー」
「騒いでもダメだ、この野郎。おめえが、その子供さらおうとしていたのを、オラぁ、この目でちゃあんと見ただ。ほれ、大人しくしろ。ほれ、とっとと歩くだよ。おい、太助どん、ちょっと、そっち持っててくんねえか。この野郎を下の村の番屋に連れて行くで」
「いや、ええけどな、それ、誰だ?」
「だから、ここんとこ続いてた神隠しの下手人だべさ」
「下手人って、おまえ、それ…」
「しかし、大変なことになったのう」
「何でございます?」
「おまえは聞いてないのか? これから、例の神隠しの下手人が来るのだ」
「ああ、それなら聞いてます。これからお取り調べですね。私も、この番屋に来て初めての大事件なんで、緊張しています。しかも、下手人は、大柄で、山伏のような格好をした、顔が真っ赤で、鼻が高い、凶悪な人相と聞きました。腕が鳴ります」
「おまえ、そこまで聞いて、気がつかないか?」
「へ?」
「山伏のような格好で、顔が赤くて、鼻が高くて。そう聞いて、思い当たることは無いか?」
「え? まさか、その下手人は…」
「そう、そのまさかだ」
「えーっ? うちのお袋ですか?」
「違うわ、ばか者。何でまた、そのような」
「だって、山伏の格好して、顔が赤くて、鼻が長くて、凶悪な人相で、って言ったら、それは、お袋に間違いないですよ。土地の方じゃ、天狗婆って、もう大人気なんですから」
「だから、そっちじゃ」
「何ですか? 私のお袋が天狗に似てるのが、いけないことですか?」
「誰も、そんなことは言うとらんだろう。だから下手人は天狗なのじゃ」
「ええ? またまたー」
「おまえは、自分のお袋が神隠しの下手人なのは信じられて、天狗だと信じられんのか?」
「だって、天狗って、えー? 天狗ですか。ペンギンと間違ってません?」
「ピングーじゃない! とりあえず、先に報告に来た猟師の話では、まず天狗に間違いないということじゃ」
「ホントですかあ? あ、何か表が騒がしいですね」
「おお、来たようじゃな」
「ギギギギャー、ギッキョキョギャー」
「おい、天狗だよ」
「おう、本当にいたんだなあ」
「悪い奴なんだって?」
「いや、これが付きあってみると、意外と良い奴でさ」
「いつ付き合ったんだよ」
「頭にサラが無えじゃねえか」
「それはカッパだ」
「うわ、こっち見たよ、カッパと間違えられて怒ってるよ」
「はいはいはい、騒がないで、はい、ほら、散った散った」
「こん天狗は、どこさ繋げばよろしかろ?」
「あ、じゃあ、とりあえず、はい、そこに座らせて…」
「ギャーグギグギ」
「何か騒いでますよ、いいんですか? 大丈夫ですか? 噛みませんか?」
「時々騒ぐけんど、ここに連れてくる間では、悪さもしねし、まんず大丈夫じゃろ。観念しとるんじゃなかろかね」
「なかろかねって、うーん、大丈夫かなあ。あの、まず、名前をね、言ってもらいたいんだけど」
(天狗、若い役人をジロリと見て無言)
(若い役人、天狗の耳元で大声で叫ぶ)
「お・な・ま・え・を、教えてくださいなー」
(天狗、またジロリと見て無言)
「おいおい、大声出せばいいってもんじゃないだろう」
「いや、家のお袋なんて、もう耳が遠くなってて、このくらいじゃないと聞こえないんですよ」
「だから、これはおまえのお袋か?」
「いや、分かってはいるんですけど、あんまり似てるんで、つい」
「どんな、お袋なんだよ」
「にしても困りましたね。言葉が通じないんでしょうか?」
「昔話では、普通に人間の言葉を喋ってたけどな。まあ、色々試してみるしかないだろう。本当に神隠しの下手人なら、放っておくわけにもいかないし」
「あ・な・た・は、こ・ど・も・を、さ・ら・い・ま・し・た・か?」
(天狗、じーっと若い役人を見つめた後、ゆっくり首を横に振る)
「あ、今、首を横にふりましたよ。いいや、ということじゃないですか?」
「そういうふうにも見えるが、どうじゃろうなあ」
「でも、この天狗、嘘はついていないと思いますよ」
「なぜだ?」
「だって、鼻が伸びないじゃないですか」
「それはピノキオだろ、ばかやろう」
「じゃあ、えーと…」
(若い役人、おもむろにジェスチャーを始める。天狗は、それを黙って見ている)
「おい」
「は?」
「は? じゃないだろ。『置いといて』とか、そういうの、言葉が分からない以前に、その動きを知らないよ、普通」
「だめですか? ジェスチャー。じゃ、それに絵を加えたエスチャー」
「ダメに決まってるだろ。でも、絵はどうかな、おい、ちょっと絵描いて、あの天狗に見せてみろ」
「絵ですか? うーん、はい描きました」
(天狗に差し出す。ジロリと絵を見て、いきなり絵を破る天狗)
「おい、何描いたんだ、お前、怒ってるじゃないか」
(天狗、破った紙で紙縒を撚って、耳掃除をしている)
「いや、怒った訳じゃないようですけど」
「うーん、分からん。どうすればいいんじゃ」
「ともかく、色々やってみましょう。ちょっと待っててください。準備してきます」
「おい、準備するって、お前、何するつもりだ、おい、あー、行っちゃったよ。まあ、あいつも、頑張ってはくれるんだよな。ここ何年かで入ってきた若い連中の中では、まあ良い方だしな」
(天狗、うなづく)
「え? 今、お前うなづいただろ。おい、言葉分かってるんじゃないのか?」
(天狗、急に立ち上がる)
「うわ、びっくりした。脅かすなよ。もう、ほんと怖いんだぞ。こんなのと二人っきりでいるの。あの野郎、早く帰ってこないかな」
「ただいま帰りましたー」
「おう、待ったぞ、何をしておった」
「いや、天狗と喋れそうな人を色々連れてきてみました」
「おう、そうか、では一人づつ連れて参れ」
「はい、では最初の方、どうぞー」
「My name is johny. from ohaio. How are you」
(などと英語をまくし立てながらやってきて、天狗に話しかける)
「……」
(天狗は無反応)
「おい、どうなんだ?」
「うーん、どうなんでしょう」
「だいたい、お前は、あの異国人の言葉が分かるのか?」
「分かりません」
「あいつは俺達の言葉が分かるのか?」
「いえ、無理やり、引っ張ってきたんですよ。苦労しました」
「苦労しましたじゃないだろ。じゃあ、そもそもダメじゃないか」
「でも、ほら、天狗の正体は外国人だって説が…」
「現物目の前にして、正体だぁ? お前には、あれが外国人に見えるのか? 外国人ってのは羽根が付いてて飛んだりするのか?」
(外人、天狗に扇ではたかれて「アウチ!」とか言っている)
「ダメだろう、あれは。次はどんな奴だ」
「えーと、山伏です」
(山伏、入ってきて、天狗の前に座る。無言)
「おい、随分長いこと睨み合ってるぞ。大丈夫なのか?」
「うーん、どうでしょう。山伏って無口なんですよね」
「無口な奴を連れてきてどするよ」
「だって、天狗山伏説が…」
「だから、それは止めろって」
「では、次の方ー」
「天狗をそっとしておいてくださーい」
「可愛い天狗の写真集出しますー」
「天狗はわたしたちを癒してくれるんです」
「何だ、あれは、いっぱいいるけど」
「天狗を見守る会の方々だそうです」
「そういうのを連れてくるんじゃないよ、面倒なんだから」
「そんなこと言っても、何か我が物顔で仕切ってるんですよ。天狗のことは俺たちに聞けーって感じで」
「まあ、餌まいたり、白装束であちこち走りまわったりしない分ましか」
「はい、次の方ー」
「ちょっと、通してくんな、通してくんなさいよ、あ、ごめんなさいよ。おいおい、どうだい、凄い人出じゃねえか」
「おお、これみんな、天狗の野郎を見に来た連中か?」
「お前、天狗の野郎ってのはねえだろう。仮にもお天狗様だぞ」
「天狗様ったって、捕まっちまえば罪人だろ。様もくそもねえや、野郎で十分、いっそ天公、天吉、テンテンってのはどうだ」
「パンダだよ、それじゃ。にしても、何だ、天狗の言葉が分かる者には褒美をとらすってんだろ。うちのかみさんなんかどうだろう。あいつ、ほら、昔裸踊りの踊り子だったからさ」
「それは、ただ天狗のお面使ってただけだろ。」
「だめかなあ、じゃ、どうだ、お前は」
「俺にわかるわきゃねえだろう。てーか、例えばだよ、天狗の言葉が分かる奴がいたとしてだ、それが本当かどうかは誰がわかるんだ?」
「ん? そういやそうだな」
「お、考えることは誰でも一緒だな」
「なんだ?」
「ほら、今入っていった奴ら、有名な霊媒師だぜ」
「霊媒師って、天狗って霊か?」
「そうじゃねけどよ、霊媒師なんてインチキに決まってるじゃねえか、そいつらが出張ったってことは」
「ああ、どうせ本当のとこはわかんないってんで、適当に御託並べようってわけだな」
「お、あっちから来たのは、神田の母って占い師じゃないか?」
「こりゃ、面白そうだな、早く見に行こうぜ」
とにかく、番屋の周りは黒山の人だかり、押すな押すなの騒ぎでございます。
「天狗様は怒っておられるぞ、天狗様はお怒りじゃぞえー」
「何だ、あのババアは。おい、あんなのまで連れてきたのか?」
「いや、その、ついてきちゃったみたいなんですよ。私が、天狗の言葉が分かる者には褒美をとらすぞー、って言いながら歩いてたら、霊能者やら、占い師やら、陰陽師やら、そんなのばっかり、ぞろぞろぞろぞろついてきちゃって。恥ずかしかったです、僕」
「ぼくじゃないだろ」
「お怒りじゃ、天狗様はお怒りじゃ。お怒りを静めるためにも、皆の衆、お布施じゃ、お布施を出すのじゃ」
「カルマじゃ、この天狗はカルマを抱えて、わしに救いを求めておる」
「おお、分かる、私にはわかるぞよ。この天狗の言うことが」
「え?分かる方がおられるんですか」
「分かる。わしは分かる」
「で、何て?」
「『私は天狗である』」
「え?」
「だから、私は天狗だとおっしゃっておられるのじゃ」
「違うぞ、そのババアは大嘘つきだ。天狗様はなあ」
「はい、天狗様は?」
「わが教団に千両の寄付をせよと」
「ダメだよ、こいつら」
「何を申すか、なぜダメと決め付ける。お主らには、天狗様の言葉など届くまいに」
「だって、何も言ってないでしょ、天狗さん。ほら、今だって寝転んで鼻くそ丸めてるし」
「う、いや、そんなことはない。私には心の声が聞こえるのじゃ」
「そうじゃ、わしもじゃ」
「帰ってもらえ」
「では次。これは絶対です」
「なんだ?」
「子供です」
「は?」
「純真無垢な子供たちなら、天狗の心を開いてくれるはずです」
「わーい(子供入ってくる)。わーっ(天狗を見て逃げ出す)」
「おい、逃げちゃったぞ」
「やっぱ、子供には怖かったんでしょうね」
「わーっ(子供が戻ってくる)」
「何だ、子供たち、どうしたんだ。さっきより怖がってるではないか」
「怖いよー、もう一匹の天狗だよー」
「こっちに来るよー」
「何、天狗が仲間を取り返しに来たのか?」
ズン、ズン、ズンと不気味な足音が近づいて参ります。身構える二人の役人。天狗はというと、素知らぬ顔で、鼻などほじっています。
「おい」
「うわー、おい、あっちの天狗より怖いぞ、おい、どうする」
「あ」
「は?」
「お前、この方の知り合いか?」
「あの、おっかさんです」
「弁当、忘れとったき、持ってきてやったぞ」
「その姿で、言葉を喋るのも怖いですね」
「失礼なこと言わないでくださいよ。女手一つで、私をここまで育ててくれた、おっかさんなんですよ」
「ウギー」
「なんだ、天狗が興奮してるぞ」
「いや、今のは、おっかさんです。どうも、天狗が気になるようで」
「生まれて初めて出会った、本当の仲間だからだな」
「ウギャギャ?」
「ギーギー」
「ドゥードゥードゥー」
「ディダーダーダー」
「ケサランパサラン」
「ハンプティーダンプティー」
「クウネルトコロニスムトコロ」
「ツルジョツルジョトモウセシガ」
「おい、何かしゃべってないか?」
「……」
「おい、どうした? お前のお袋が、ほら天狗と喋ってるみたいだぞ」
「……」
「おい、どうしんたんだ?」
「僕、人間じゃなかったんでしょうか」
「うーん、無理も無い悩みだな」
「こんなことが知れたら、もう彼女も出来ないっ!」
「こりゃ、息子。そんなどうでもいいことで悩んどらんと、紙と書くものをもってこい」
「おっかあ、どうでもいいはないだろっ。そりゃ、おっかあは、もともと人とは思えない姿だからいいだろうけどさ」
「こいつこいつこいつ」
「あ痛たたた。何すんだよ」
「いいから、紙と書くもの持って来い」
「ほれ、天狗様が書いてくれた。本当の下手人の人相書きじゃ」
「え?」
「天狗様は、子供が攫われるところを助けていなすったんじゃ」
「そうなんですか? うわっ、だから急に立ち上がらないで…」
「じゃっ」
天狗は、さーっと飛び上がって屋根を突き破って、遠くの空に消えて行きました。
「今、じゃっ、って言ったよな。おい、やっぱりあいつ言葉分かるんだよ」
「どうでしょうねえ、蛇だって『シャーッ』って言うし、ウルトラマンも『ジョワッ』って言うから、あれは、掛け声かなんかなんじゃないでしょうかね」
「そうかなあ」
「うわー、見ろよ、今、ぶわーっって飛んでいったぞ、おい、見たよな。本当に天狗じゃないか」
「凄えなあ、天狗そっくり」
「バカ、ホンモノだよ」
「天狗様は、わたしたちの祈りを聞き届けてくださったのです。わたしの願いなら、何でも聞いてやると、天狗様はおっしゃいました」
「おい、まだいやがるよ、霊能者軍団」
「石でもぶつけてやろうか」
「まあまあ、ここは、お酒でも飲んで」
と、ここでお酒を勧めて、この群集を収めた男が、この事件をきっかけに居酒屋を始めて、一大チェーンを展開するという、お目出度い一席でございます。。
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Yasukuni Notomi

AllAbout、日経トレンディ、朝日新聞、夕刊フジなどに連載中。オウンドメディア、片岡義男.com、その他諸々、あちこちで書いています。マツコの知らない世界、嵐にしやがれ、モニタリング他、テレビやラジオ出演も色々。そこからはみ出したネタや、愛用品、目立たないけど凄い新製品、うまいコーヒーやお茶や酒、浮世絵や歌舞伎や芝居、音楽、ミステリにホラーにSFなどなど、面白いものを随時、紹介しますので、読んでもらえると話のネタ、記事のネタになるかも。メールアドレスを登録すると、最新記事がHTMLメールで届くので、ちょっと面白いです。

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