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心理学から考える「アニメキャラは西洋人基準なのか?」問題 - Issue #10

kobatone(小林嘉明)
kobatone(小林嘉明)
こんにちは、小林嘉明です。
先日、質問をいただきました。
アニメのキャラクターは西洋人の容姿をしていますが、いつからですか?
結論から言えば「勘違い」なのですが、人間の本能を考える上で非常にいい例題なので、回答します。以下、回答内容です。
確かに最近のアニメキャラクターは、抜群のプロポーションを誇っていてとても日本人ぽくは無いですよね。
ただ、それが西洋人らしいか、と言えばそれも違う気がします。とは言え、西洋人“風味”を含んでいるのは間違いないので、両方を説明しますね。
まず、アニメは実写とは違います。わかりやすいところがファッションでしょうか。アニメキャラと同じ服を着たら大概ださくなるか、そもそも着用できません。
作画の面でも同じことが言えます。アニメには“アニメの描き方”があり、“写実的”とは違うんです。現実ではありえないようなものの動きをしたり、歪み方をすることでアニメ特有の表現を作り出しているんですね。
また、アニメの作画は大変です。たくさん書く必要があるので、基本的に作画コストが低いものであった方が良い事は間違いありません。
“可愛く、かっこよく、躍動感があり、作画コストが低く、見栄えのする絵を大量生産する”こういった考えをガイドラインに作画は進化してきたと考えるとわかりやすいでしょう。
大切なポイントは、“アニメとしてよく見えることを中心に進化してきた”点であり、“白人文化に寄せようとしてきたわけではない”ということ。
実際、アニメと一口に言っても様々な絵柄が存在します。コードギアスのようなめちゃくちゃ高い頭身のキャラもいますし、クレヨンしんちゃんのようなデフォルメが効いたデザインもありますよね。どちらも現実の人間には不可能な形と言って良いでしょう。西洋人どころか、日本人ですらありません。“そもそも人間として無理がある形”なのです。
『西洋人に近い』と思う人は、おそらく“自分が考える西洋人の特徴”とマッチする部分だけをピックアップしている可能性が否めないと思うのです。
これがまず1点目。
次に、西洋人と似ていると感じてしまう原因について解説します。
理由は先ほど出てきた“可愛く、かっこよく、躍動感があり、作画コストが低く、見栄えのする絵を大量生産する”です。
アニメの絵は1種の“記号”です。リアルな人間とは異なり、何かしらの表現を目的として作られた“表現装置”なのです。
この点を理解した上で“かわいいキャラ”を考えてみましょう。
かわいいキャラとは、“可愛さの記号をたくさん備えたキャラクター”です。では、可愛さの記号とはなんでしょう?
例えば、目の大きさであったり、プロポーションであったり、色使いだったりします。
一例として目の大きさを取り上げてみましょう。基本的に目は大きい方が可愛いと言われています。理由には諸説ありますが、赤ちゃんの特徴を備えているから、というのが有力な説です。
赤ちゃんは頭身が低く、目の比率が大きくなる傾向にあります。そのため私たち人類は、目が大きいキャラクターに愛くるしさを感じるように、守る対象として認識するようにできていると言われているんです。
であれば、かわいいキャラクターの目が大きくなる事は必然と言えるでしょう。
また、アニメの絵柄は細かな表情筋を描くことができません。リアルな人間だったら頬がこわばっている感じを見た目から察することができますが、アニメだと不可能です。そのため、情報量の多くを目に依存することになるんですね。そういった理由からも目は大きくなりやすいといえます。
さて、ここで考えたい事は“西洋文化における美醜の基準”です。これも様々な要素があるので、目を基準に考えてみましょう。
目はパッチリ大きいほうがいいか、細目の方が良いか?
これは簡単で、目が大きい方が良いと答えるでしょう。
…おや、アニメの可愛いと一致しましたね。不思議です。
この現象は、目の大きさ以外の基準でも多くに当てはまります。理由は、美醜の基準には人間の本能が関わっているからです。例えば、赤ちゃんを大切にしない民族は滅んでしまいますから、現在地球上にいる人類は全て“赤ちゃんを大切にする性質”を持っています。つまり、赤ちゃんの可愛さは人類共通。という事は可愛さの“記号”も世界共通なんです。
そして、本能を土台に“経済レベル”にも影響を受けることがわかっています。
例えば、太っているほうがいいか、痩せている方が良いか問題。昔は日本でも欧米でも太っている女性が美しいとされるタイミングがありました。現代では、痩せている方が美しいとされていますよね。
実はこれは、文化ではなく経済の問題だと言われています。
昔は十分に食料が得られなかったため、多少ふっくらしていた方が健康状態が良い事の目印になったんです。だから美しさの基準となっていた。
ところが現代では十分な栄養があります。今度は逆に太りすぎ問題が出てきてしまって、適度に運動をして健康体を保っている人ほど痩せている傾向になったのです。
説明が前後してしまいましたが、人間が持つ美醜基準の多くは『健康的だと良い』方向があります。肌艶が良いとか、細マッチョであるとか、血色が良いとかですね。
こうした“美醜の基準”が本能と経済レベルを土台にしていることを考えると、経済レベルさえ揃ってしまえば、世界の美醜基準は大体同じ方向を向く、と言えます。
つまり“魅力の記号”として進化したアニメキャラクターと、現実の“美醜の基準”はどちらも人間の本能を土台にしているので、近くて当たり前なのです。
世界中の人類で言える事ですので、当然西洋人の基準にも該当します。これが理由の2つ目。
というわけで、『全く別の方向からアプローチしたものが、人間の本能によって近い場所にまとまっていった』が私の見解です。
参考まで。

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kobatone(小林嘉明)
kobatone(小林嘉明) @KOBATONE_PHOTO

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