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もぐら穴からこんにちは、紫原明子です。 Issue #2

もぐら穴からこんにちは、紫原明子です。 Issue #2
こんにちは。お元気ですか? 紫原明子です。
このニュースレターは、登録してくださったみなさまに、何ということもないただのお手紙を不定期にお届けするものです。

丘ホス狂日記
私はこのところ、歌舞伎町のとある人気ホストと、そのホストを指名し店に通う女の子たちの織りなす人間模様に夢中です。
登場人物は18歳〜21歳くらいまでの複数の男女、舞台はTikTokとInstagram。当初は人気ホストを巡って女の子たちがそれぞれバチバチに敵対していたわけですが、現在はもはやホストそっちのけで女の子同士が次々と結託したり、逆に新たな敵を見出したり、ついにはコメント欄の視聴者を敵として全員が団結したりという超展開を迎えています。
何しろ彼らは若いので、時間の感覚が大人と全然違うんです。“昨日の敵は今日の友”ならぬ“午前の敵は午後の友”くらいのスピード感で、関係性がどんどん変化していきます。だからかたときも目が離せません。まとめサイトができるほど大きな話題でもないので、各所で突如として始まるライブ配信を、ときにiPhoneとiPadの2台使いでもって根気強く追い、さらに動画のコメント欄やさまざまな掲示板を複合的にチェックする。これを何日間も続けなければ、生のダイナミズムを感じ取ることはできず、つまり余程の暇人でなければ手を出せない所業に手を染めているのがいい大人であるはずのこの私です。
 
歌舞伎町に生きる彼らの主たる活動時間は当然夜なので、だいたいいつも、私が晩御飯を食べ終えた夜8時から9時頃、メイクアップをしながら視聴者とコミュニケーションをとる配信が始まります。それが終わって、今度は深夜12時近くになると、お酒が入った歌舞伎町からのハイテンションな配信がスタート。さらに朝6時頃にも、日の出を迎えややトーンダウンした彼らのおやすみ前配信があります。昼型人間の私は夜中の配信はさすがに見逃してしまうことが多いものの、それ以外は大体見ます。緊急事態宣言下で一人暮らしなのをいいことに、歌舞伎町が眠りにつくのとともに1日を始め、歌舞伎町が目覚めた頃に1日を終えるのです。
 
私は東京にきてからもそれほど歌舞伎町に縁がなく、かつて一度だけ、ストリップを見に行ったのと、その直前に入ったパリジェンヌという小洒落た喫茶店にどう見ても堅気でない人が大勢いて恐々とした、というのが歌舞伎町にまつわる貴重な思い出です。そんなわけだから当然、未だかつて一度もホストクラブに行ったこともないのですが、にも関わらず今やすっかり歌舞伎町のホストクラブ事情に精通しています。サーフィンをしないサーファー風情のことを丘サーファーと言うらしいですが、それで言えば私は丘ホス狂(ホストを好きになる女の子のことを“ホス狂”というのです)です。
初回で指名をせずにホストクラブを訪れるとホストが嫌な顔をすることも、常連客の連れで店を訪れる人のことを「枝」と呼ぶことも知っています。本気の彼女と思わせて貢がせることを「本営」と呼ぶことも、時間をかけて洗脳して良いお客に育てることを「育て営」と呼ぶことも知っています。
歌舞伎町での一般的なメイクは男性も女性も幅の広い二重に大きなサイズのカラーコンタクト、ぷっくりと盛り上がった涙袋に強めのノーズシャドウ。最初こそこの過剰さに慄いたりもしたけれど、自粛期間中でろくに人と会わぬまま彼らの配信ばかり見ていると自然とそれがスタンダードであるような気になってきて、ふと自室の鏡を見たとき、自分の顔があまりにものっぺりしているような気がして整形でもしようかなと思います。
 
そんなわけで最近、私の頭の中はどこにいても歌舞伎町の若者たちでいっぱいなので、ふと出会った友人知人も、自ずとその話を聞かされることになります。すると友人たちは口々に「一体なにがそんなに面白いの?」と私に尋ねます。中には私の話で興味を持ち、彼らの配信を実際に見てくれた友人もいました。でもやっぱり何が面白いのかよくわからなかったと言っていました。勧めておきながらなんだけど、そりゃあそうだろうと思います。毎度の配信のたびに何か事件が起きるというわけでもなく、9割はだらだらと進むのです。話が深まることもなく、誰かが抱腹絶倒の冗談を言うわけでもない。限られた語彙で交わされるやりとり、自分ならとても腑に落ちないであろう論理展開。むしろ大人は、そんなだらだらに耐え得る彼らに驚くかもしれません。でも、この一見空虚なだらだらを何十時間も見続けていると、彼らの言語ゲームの法則がちょっとずつわかってくるような気がするのです。決して空虚なわけではなく、その「間」も、言葉選びも、彼らの必然によって構成されていることがわかってくる、勘違いかもしれないけれど、そんなふうに思えるのです。で、その上で、彼らの言葉に耳を傾けていると、彼らはしばしば、はっとするようなことを言うんです。
 
あるときの配信で、人気ホストの男の子が、視聴者からこんな質問を受けました。
「未成年についてどう思いますか?」
少し補足するとこれは、ホストクラブが基本的に未成年の入店を禁止していることに関係した質問だと思われるのですが、ホストの彼はなんて答えたと思いますか?
「未成年だと思う」
こう答えたんです。……すごくないですか? 私の中からは何年考えても絶対に出てこない返答に、脳天に雷が直撃したような衝撃を受けました。考えれば考えるほど、これ以上の正解は存在しないような気さえしてきます。
 
それからまた別の配信では、地方の風俗店に出稼ぎにいきながら自身のすべての生活費とホストクラブ代を稼いでいる19歳の女の子が、こんなことを話していました。
「うちは食事だけはしっかり摂るようにしてる。食費だけで1日3000円くらい使うかな。食事は大事よ。どんなにお金がなくてもカップラ(―メン)だけは食べたらだめ。うちはカップラだけは絶対に食べん。あんなの食べたら終わりよ」
 
この配信を見ているとき、折しも昼ごはんにカップ焼きそばを食べ終えたばかりだった私はもう、急激に自分が恥ずかしくなりました。というのも彼女の主張は、政治学者の白井聡さんが『武器としての「資本論」』の最終章で書かれていた、人間の尊厳を取り戻すために必要なことそのものだったからです。白井さん曰く、魂までもが資本に包摂された私たちは、日常の中でいとも簡単に「自分にはスキルがないから価値がない」と思ってしまうし、転じて「お金がないから、時間がないから、自分はカップラーメンを食べるしかない」という状況に甘んじてしまいます。だけど19歳の彼女は、歌舞伎町を庭とし、出稼ぎを生業としながらも人間の尊厳を決して失っていないから、たとえどんなに貧しいときにも「こんなものは食えない」と、カップラーメンに断固として抵抗することができる。冗談でも皮肉でもなく、なんてかっこいいんだ、と私は心から感動したんです。
 
私の長男はもう4日で19歳、カップラを食べない彼女と同い年になります。つまり、私が日夜覗き見させてもらっている歌舞伎町の皆さんはほぼ私の子供であってもおかしくない年齢で、彼らを私たち大人の世界のルールに則り見ようとするならば、一から十まで未熟で、不道徳で、眉を顰めたくなることばかりでしょう。「最近の若者は」を枕詞に、いくらでも未来を憂うことができるでしょう。けれども彼らは、一見刹那的で空虚に見えるやりとりの中で、ふいにものすごく本質的な問いをこちらに投げかけてくるのです。そして私がこれまで学習してきた彼らの言語ゲームと照らし合わせてみると、それは決して偶然の産物というわけではなく、彼らは彼らの世界の中で、彼らのやり方で、たしかに生きることの複雑さと向き合っていて、だからこそ掘り出される言葉であると思わずにはいられないのです。
 
……本当は今日、もっといろいろと書こうと思っていたことがあったのに、気づいたら丘ホス狂の活動報告だけでこんなに長くなってしまいました。そんなこんなで私はこの数日、子供のような年齢の歌舞伎町の住人たちから、たくさんのことを学んでいます。
先日開催した対話についての対話の所感や、先日訪れたシアターコモンズのイベントの話、対話の森でのエアカフェの話は、また今度のお便りで書くことにしますね。
少しずつ暖かくなってきましたが、引き続き体に気をつけてお過ごしください。
  
紫原明子
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愛と家族と社会について考えるエッセイスト。著書『家族無計画』(朝日出版社)https://t.co/3MWtyLpCeJ など。色々連載中。#WEラブ赤ちゃんプロジェクト 泣いてもいいよステッカー発案 #もぐら会 #猫町倶楽部 shihara.akiko@gmail.com

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