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You Cannot Actively Forget

You Cannot Actively Forget
By 515hikaru(Takahiro Kojima) • Issue #31 • View online
おはようございます。515hikaru です。
すっかり秋めいてきてしまって、雨の日は長袖のシャツを着たりしています。いつしか季節が変わってしまいましたね。
いつしか 9 月も 1/3 が終わって、本当に時間が経つのは早いなと感じるこの頃です。

#NeverForget
20 Years After 9/11, I'm Giving Up My Survivor's Guilt | LEVEL
Medium のメンバー限定ニュースレターで紹介されていた記事です。毎週、このニュースレターは基本的に土曜日に書かれているのですが、執筆日の 9 月 11 日であのテロから 20 年です。
当時自分は小学生で、何が起こったものか全く分かっていませんでしたが、いまになってテロの全体像を見聞きするととても胸が痛みます。
さて、非常に幸運なことに、僕は今まで大きな災害も悲惨な事件にも影響を受けたことがありません。いや、今まさにパンデミックの最中でそれは影響がないとは言えませんがそれは別にしましょう。例えば 3.11 のときは中部圏に住んでいてほぼ生活に支障はありませんでした。実家の立地が災害という観点ではとても恵まれていて、隣の市が浸水するような大雨や台風でも自分の周りは何も問題がないということが当たり前でした。
I was there. In Manhattan. I smelled the carnage and flames. Those images — along with large crowds and blaring sirens — instantly transport me back to the fear of 9/11.
ましてや日本人の小学生だった僕にとって 9.11 は海を越えた大陸での出来事で、彼女の言う殺戮の臭いも火災の臭いも知りません。だからきっと彼女の言う #NeverForget のフィードは、全く違うもののように感じるでしょう。
忘れさせないことに意味はあるのか
僕自身にトラウマがないわけではありません。命を目の前で失うようなトラウマはないですが、思い出したくもないのに忘れられない思い出はいくつかあります。
それらを災害やテロのトラウマと比較するのは矮小化のようにも思えますが、しかし自分の経験から考えると本当に「忘れない」という努力に意味があるのかと思うのです。忘れないように努力なんてしなくたって、何か本当にふとした拍子に脳裏をよぎります。どんなに忌々しいことも、どんなに悲しいことも。能動的に忘れることはほぼ不可能です。
一方で人間は関心の低いことは忘れる生き物ですし、忘れる程度にしか想いがない人に無理に忘れさせないようにする意味はなんなんだろうと思います。
There’s no need for me to scroll through hurtful conspiracy theories, political agendas, or horrific images that will only cause more pain.
僕自身に日本や海外のメディアによって勝手に呼び起こされるようなトラウマはありません。ですが、もしそういうものがトラウマなのだとしたら、それ以上の苦痛はないでしょう。
例えばちょうど発生から 10 年だったこともあって 3.11 を振り返るような記事を今年はいくつか目にしました。どの記事だったかもはや忘れてしまいましたが、読んで目頭が熱くなるような記事もありました。
ですが、冷静になると、人のトラウマを感動ポルノとして消費することにどれほどの意味があるのだろうかと考えずにはいられないのです。
#349 あの衝撃から20年 9.11同時多発テロとアメリカのいまを考える - 朝日新聞ポッドキャスト - Omny.fm
Apple 社内の騒動
Apple fires senior engineering program manager Ashley Gjøvik for allegedly leaking information - The Verge
そろそろ新型 iPhone が出るぞという時期ですが、このところ Apple 社内の報道が後を絶たないですね。
Axios によれば、
  • #appletoo のムーブメント
  • Apple 社員はプライベートの iCloud アカウントと仕事の iCloud アカウントをリンクさせている (from The Verge)
など、かつては明るみにならなかった(元)従業員の声が上がっており、これらは従業員数の増大と Slack を使った従業員同士のコミュニケーションの機会が増えていることが一因とのこと。実際別の The Verge の記事では Slack で給料の公平性を議論するチャンネルが Ban されたとか。
日本の公正取引委員会との議論での App Store のポリシー変更だったり、韓国で In App Purchase 独占禁止法が可決されたり、Epic とバタバタしてたり話題が尽きない会社ですね、本当に。
世界トップの大企業ですが、いろいろ歴史があって強烈な秘密主義文化を持つ会社でもあります。そのためあまり中の文化をうかがい知ることはありませんが、一部 OSS の議論では社内事情がにじみ出たりもしてるようですし完全に秘匿することはさすがに難しい世の中なのかなと。
秘密主義というと聞こえはいいですが社内の悪行や腐敗も可視化されづらい状況なわけで、それが元・あるいは現役従業員(fireされてますが。。。)によって表に出てくるようになったということ事態は健全なように思います。
どんどん社外に発信すべきとまで言いませんが、会社の良くない部分は修正されるべきだと思いますね。現実問題このムーブメントでどれほど Apple 社内が変わっていくのかもまた、社内の人にしかわからないのでしょうが。
あとがき
スタートアップで働くということはどういうことなんだろうか、というのを最近見つめ直しています。
今の仕事には満足しているのですが、同時にあまりにも社会に与えているインパクトが小さいと感じます。このインパクトが小さいというのはすごく単純に売り上げの規模とかで考えても歴然としていて、例えばリクルートホールディングスさんは年間の売り上げが2兆円を超えています。文字通りスタートアップ1社の売り上げとは桁違いという感じです。
もちろん大企業にはできないことがあるからこそスタートアップがあるし、スタートアップで働くという選択を自分もしています。
一方で、大企業でなければもたらせない価値もまたあるのではないかと思います。ソフトウェアの世界でも、たとえば Web の標準化を進めているのは Google などの大企業が中心ですが、それはChromium などのインフラ的なソフトウェアへの投資をできているという背景があり、このような投資は資金力がないと難しいです(これらのソフトウェアの開発は彼らの直接の売り上げにはつながらないため)。しかもそのために優秀な、かつ専任のエンジニアを何人も雇っています。
スタートアップができるのは、まだそこにない新たな価値を発見するところまでです。今年の始めに Clubhouse は音声コミュニケーションの世界でステージという概念を作り一時は一世を風靡しましたが、結局彼らの発見はあらゆる大企業にコピーされ彼らだけのものでは既になくなっています。正直なところ、価値の発見がなされてしまえばスタートアップで働くことは効率が悪いとさえ感じることがあります。
新たな価値を発見すること、継続して価値を提供し続けること、どちらも大事です。どちらも大事だし、どちらで働くという選択もできるからこそ、なぜ自分は前者の世界で生きようと思うのか。自分の価値は前者の世界のほうが “活きて” いるのか。そんなことを省みているこの頃です。
年間・四半期 | 財務・業績 | IR | リクルートホールディングス
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515hikaru(Takahiro Kojima)

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