コンテンツの爆発
コンテンツは身の回りに溢れていて、しかも質の高いものが無料で消費できたりします。僕がここに貼っているほとんどのニュースも無料だし、Podcast も多くはそうです。無料のゲーム、無料の漫画、無料の動画と世の中無料のコンテンツは溢れかえっています。
無料という制限を外せばさらに増えます。Netflix のような有料サブスクリプションサービスの中にも動画は溢れかえっているし、Spotify のような音楽ストリーミングサービスに加入すれば月 1,000 円で文字通り世界中の音楽が聴きたい放題です。一生をかけても消費しきれない量のコンテンツがこの世界に既にあるし、毎日増え続けています。
エンドユーザーは各プラットフォームを取捨選択してどのコンテンツを消費するとかしないとか意思決定をしないといけないですし、時には仕事や家事育児などのためにプラットフォームの中毒性を振り切らないといけなかったりします。
時間泥棒
小学生のときや中学生のときは延々とゲームをやっていました。永遠にゲームをやっていられたんですが、なぜか自然とやらなくなりました。高校生になってからゲームをやるたびに、どうしようもない虚しさ、虚無に時間を注ぎ込んでいるという感覚が湧いてきたからでした。
高校生くらいのときに、動画コンテンツにハマりました。当時流行っていたニコニコ動画で非常に長いゲーム実況動画を見ました。ゼルダの伝説 風のタクトだったかな。なにか長期休暇の数日を特定の実況者のゲームプレイを見ることに費やしていた記憶があります。
その動画シリーズを全部見終えた時のなんとも言えない達成感と、どうしようもない虚しさ、虚無感が今でも忘れられません。全部見て確かに面白かったけれど、ただ時間を失っただけで、得られたものが本当に何もないという感覚がつきまとっていました。ゲームと同じように、虚無に時間を注ぎ込んでしまったと感じました。
その後も大学時代とかに何度か時間があるときにアニメを一気見したり、会社員になってからもどうしようもなく暇な時は見たりしました。でもその都度、高校生のときと全く同じことを思いました。そしていつの間にか、長時間のアニメとかドラマとかあまり見なくなりました。
たまには見ますが、年に 1 本見るかどうかという感じです。今年は春先に Apple TV+ で迷宮のアリスを見た以来、特に何も見ていません。
中毒への抵抗
コンテンツをプラットフォームが提供するようになり、ビジネスの成功のために各々のプラットフォームがユーザーへのエンゲージメントを高めようと必死です。エンゲージメントを高めるって聞こえはいいですが、極端な言い方をすればプラットフォーマーはユーザーを中毒にさせたがっているという意味です。
彼らは中毒にさせたがっているという前提に立って、彼らの戦略を読み解き中毒を避けるようにしています。自分の時間、自分の生活を守る意味でも大切なことだと考えています。見方によっては斜に構えているわけですが、子供のころのように自分も中毒になるということを知っているからこそ自衛のためにそうしています。
対策はささやかなことです。予定を決めずに動画を見る時は 1 回 30 分以内の動画しか見ないとか、ドラマなど長期に渡る作品を見るときは時間を Google カレンダーに登録してその時間分だけみるとか。
あと、無料の漫画・動画コンテンツはあまり消費しないようにもしてます。無料コンテンツはアクセスしやすすぎて際限がないので、お金がかかるものしか消費しないようにして目に入るコンテンツの総量を減らしています。
みんながみんなこうしたほうが良いとは全く思わないんですが、消費って見かけよりコストがかかる行為なので慎重になりたいなと思っているところです。